子育て中の孤独から救われた 地域と私を繋ぐ福祉ネイリストという仕事
高齢者や障がい者など、ネイルサロンに来ることが難しい方の元へ出張訪問し、ネイルサービスを行う福祉ネイリストという職業。日本保健福祉ネイリスト協会では、2022年12月現在で全国に1,500名を超える福祉ネイリストたちを輩出しています。
そんな福祉ネイリストという職業は、働き方やこれまでの経歴なども多種多様です。今回は、出産後すぐに小さなお子さんを抱えながら福祉ネイリストとなった大西綾子さんにこの仕事のやりがいと想いを伺いました。
目次
出産・引越しを機にネイリストを辞めようと決意していた中での福祉ネイリストとの出会い
Q1.福祉ネイリストになる前のお仕事を教えてください
24歳でネイリストになり、心斎橋のネイルサロンに5年ほど勤めていました。その後、大阪や名古屋、福岡にあるネイルスクールで3年ほど勤めた後に、美容専門学校でネイリスト育成の講師として勤務。ネイルスクールや専門学校で働き始めてからは、ネイリストとしてお客様に施術する機会は少なく、毎日専門学校に行き、授業を行っていました。私は、ネイリストとして元々技術を磨くことも好きだったんです。でも、それを他の人に伝えることはとても難しくて。同じようにネイリストになりたいと思っている生徒さんたちに、「どうしたら上手く伝えられるだろう」「ネイリストとして成長してもらうためには」と考え試行錯誤することは私自身の成長に繋がりますし、講師という仕事にとてもやりがいを感じていました。
しかし、その頃は地元である大阪府に住んでいたのですが、2019年に夫の実家がある兵庫県丹波市に引っ越すことになったんです。ちょうど長男の出産とも重なり、美容専門学校の講師を辞め、ネイリストという職業自体辞めようと思っていました。
Q2.なぜネイリストを辞めようと思ったのですか?
私が現在暮らしている兵庫県丹波市には、ネイルサロンが少なく、自宅でネイルサロンをしたいとも思っていなかったので、引越しが決まった時に「もうネイリストとしては働けない」と、ある意味覚悟を決めていたんです。
Q3.そんな大西さんが福祉ネイリストになろうと思ったきっかけは?
長男を出産して間もない頃、まだ周りに誰も知り合いがいない状態で、子育てをしながらスマホをよく見ていました。その時たまたま『福祉ネイリスト』という職業を見つけて。今まで、もしかしたら目にしたこともあったのかもしれませんが、あまり詳しくは知らなかったんです。気になって日本保健福祉ネイリスト協会のホームページを調べてみると、「福祉ネイリストは高齢者の方や障がいを持った方にネイルをするんだ」「講師の資格も取れば、福祉ネイリストの認定校が開校できるんだ」ということを初めて知りました。
兵庫県丹波市は高齢者がとても多い地域なんです。2020年時点での日本全体の高齢化率が28%のところ、丹波市は35%を占めるほど65歳以上の高齢者の割合が大きいのです。
そういった地域背景もあり、福祉ネイリストならこれまでの仕事を活かせるのではないかと資格を取得することを決めました。それから、福祉ネイリストの説明会にも生後4ヶ月になる息子を抱っこしながら参加し、子育ての合間に資格を取得しました。
2019年に無事福祉ネイリストの資格を取得し、その後すぐに兵庫県丹波校の福祉ネイリスト認定講師になり、今は現役の福祉ネイリスト兼講師として働いています。
心のケアをするだけじゃない。私も元気がもらえるやりがいに尽きる仕事
Q4.福祉ネイリストとして心に残ったエピソードはありますか?
高齢者の方にネイルを施術させていただいた後に、ご本人様にお手紙を描いたり、写真をお持ちしたりするのですが、それを手に取って「この間ありがとう」と涙を浮かべながら喜んでくださるんです。
また、施設様に訪問する際には毎回ネイルアートの見本を持っていくのですが、猫のアートを爪に描かせてもらったおばあちゃんが「本当は犬の方が好きなんや(笑)」と言っていて、次回訪問の際に犬のアート見本を持って行ったんです。その方は嬉しそうにすぐ犬のアートを選んでくださいました。施術の際は、毎回たくさんお話をさせていただくのですが、こうして私との会話を覚えてくださっていたり、忘れてしまっていた楽しい記憶を思い出してくださることが、些細なことかもしれませんが、どれも心に残っています。
Q5.大西さんにとって福祉ネイリストの魅力は何だと思いますか?
福祉ネイリストの魅力はやりがいに尽きると思います。元々ネイリストとして働いていたので、アートが上手とか、ネイルの持ちがいいという技術面も大切だと思うのですが、それよりも、ネイルをすることで喜んでもらえる嬉しさが福祉ネイリストでは大きく、日々やりがいを感じています。
福祉ネイリストでは、ネイルをすることだけでなく、心のケアを大事にしていますが、私自身もおじいちゃんおばあちゃんから元気をしてもらっているように感じています。丹波市に引越してから全く知り合いがいなかった私にとって、「あなたにネイルをしてほしい」「あなたを待っていたんだよ」と私が来ることを喜んでくれるというのが本当に嬉しくて、私の方が心のケアをしてもらっていると思っています。
Q6.福祉ネイリストとしてこれからの目標はありますか?
今年一年は、福祉ネイリストを増やしたいと思って講師の仕事に比重を置いて活動してきました。丹波校を卒業した福祉ネイリストたちも少しずつ増えてきているので、来年は今以上に訪問させていただける施設様を増やしたいという想いがあります。
やはり福祉ネイルは本当にいいこと、そしてすごく素敵な仕事だなと思っていて。福祉ネイルでおじいちゃんおばあちゃんに元気になってもらいたいという想いがあるのですが、そのためにはまず福祉ネイルというものを丹波市のみなさまに知っていただくということを大事に動いてきました。これからはそれを実際により多くの方に体感していただくために、さまざまな施設様に訪問させていただきたいです。
子育てしているからこそ、福祉ネイリストとしてやりたいことに挑戦してほしい
Q7.福祉ネイリストの働き方と子育ての両立はいかがですか?
両立はしやすいと私自身感じています。ネイリストとしてサロンに勤めているわけではなく、福祉ネイリストとしていろいろな施設様に伺って、調整させてもらいながら仕事をしているので、子育て中のママとしても上手く働けています。
2022年の4月から次男も保育園に入ることができたので、現在は日中仕事に集中することができていますが、昨年1年間は次男を近くで見ながら福祉ネイリストとして活動してきました。それができたのも、生徒さんたちや施設様の温かい理解があったからだと思っています。そして、子どもをおんぶしながら施設様に見学に伺うと、お互いに気持ちが和んで、逆に営業という雰囲気にならずに良い関係性を築いていくことができたのかなと感じています。次男をおんぶしながら、施設様の交流会に行って卓球をさせてもらったこともありました(笑)。今思い返すと、子どもと一緒に働けたことが私の強みの一つになっていたのかもしれません。
Q8.大西さんが講師をされている福祉ネイリスト認定校には、実際に子育て中の方も多く来られますか?
はい。生徒さんとして来てくれる方は年齢も20代から50代と幅広く、職業も多種多様ですが、私自身が子育て中のママですので、同じように小さいお子さんがいる方も多いですね。その中でも、みなさん共通して『ネイルをしたい』という想いを強くもっていらっしゃいます。
実際に、小さなお子さんを抱えている方ですと、活動することに制限があったり、練習時間の確保が難しかったりすると思うんです。でも、私はそういう方に対しても、「なんとかなりますよ」とお伝えしています。練習一つするにしても、時間がない中で効率よく行える方法をご紹介したり、イメージトレーニングするだけでも全然違うからです。
施設様への営業に関しても、営業経験がなくて不安という方ばかりです。でも私も営業の経験がありませんでしたし、実際は営業という感じで伺っていないんですよね。ただ、地域の中で横の繋がりを作って、「いろんな人と繋がりたい」「私を知ってほしい」と話しをしているうちに、施設様の方から「来てくれますか?」とご依頼いただくことが多いので、生徒さんには「そんなに深く考えなくてもいいですよ」と伝えています。
福祉ネイリストという仕事は、子育て中でも自分のペースで働いていける仕事だと思います。
Q9.これから福祉ネイリストを目指す方へメッセージをお願いします。
私もそうだったんですが、子育て中の方は、どうしても子育てだけしていると孤独になりやすいと思うんです。でも、私は丹波市が地元である夫から「なんでそんなにいろんな人と仲良くなってるの?」と驚かれるくらい、福祉ネイリストになってから地域の方々との繋がりが増えました。私はそれがすごく嬉しかったので、子育て中のママだからこそ、もし「ネイルがしたい」「地域の人と繋がりたい」という想いがあるのであれば、福祉ネイリストになるということはすごく素敵な選択だと思っています。
私は、専業主婦で子育てをするということが向いていなくて。どうしても、子育てをしていると自分のことを後回しになってしまいますよね。それが本当に苦しくなってしまったんです。だからこそ専業主婦の方をすごく尊敬しています。でも、私のように、子育て中に外の世界がなくなってしまって、苦しくなってしまう方がいたら、我慢しないでほしいんです。
福祉ネイリストという仕事を通して、自分も社会と繋がりを作り、おじいちゃんおばあちゃんも元気になってもらいながら、自分も元気をもらえる。それって最高の仕事じゃないですか?
きっとみなさん、それぞれが今大変なことや足踏みしてしまうことを抱えている方も多いと思いますが、「今したい」と思うことをするのが自分の原動力になると思うんです。もしネイルが好きであったり、おじいちゃんおばあちゃんを元気にしたいという方は、福祉ネイリストとして自分の可能性を自分で広げていただきたいなと思います。
まとめ
全国の福祉ネイリストの中には、ネイリストや看護師、介護士、作業療法士などの医療介護職、はたまた全く業種の異なる仕事をしていた方や主婦の方もいらっしゃいます。働き方も自分で調整しながらそれぞれが活動しています。
そんな中で、みな共通することは“高齢者の方や障がいを抱えている方々を笑顔にしたい!ネイルの力で癒しと元気、希望を届けたい”という想いです。
今回インタビューさせていただいた大西さんは、いつも明るい笑顔で高齢者の方に向き合うだけでなく、生徒さんや外部に向けても福祉ネイルの魅力を等身大の姿で伝えてくれています。その姿を見ると、「本当にこの仕事が楽しんだな」「この仕事が好きなんだな」と感じ、画面を介してこちらまで元気と勇気をもらえるような気がしています。
今後、福祉ネイリストとして輝く方たちが増え、ネイルで笑顔の連鎖が日本各地に広がっていくことを願っています。