河合 あゆみさん(福祉ネイリストプロコース修了)
東京都江戸川区を中心に活動中
最初に私がそもそもネイリストになった理由が母の為でした。
中学生のころ、家庭環境が悪化し父が黙って家をでました。それから高校に入学するもやはり金銭的な面で母を助けたく、中退し仕事する道を選びました。
アルバイトをつづけて家計を支えていましたが、同級生が高校を卒業し進学、就職していくのを目の当たりにしました。
その時に初めて今後の人生において、当時すでに60代に近づいていた母のその時が来たとき介護ができるのか…そんな不安に襲われたのです。
“手に職をつけなければ…”そう考えていた時、ネイリストという職業を知りました。学費も自身で工面できる、どこでも鞄一つあれば施術できる。
それならば母の介護が必要になったときに傍にいながら家計を支え、介護ができると思ったのです。
そして必死に働きながら勉強してネイリストとなりました。
その後幸運なことに結婚出産と続いたものの、初めての育児をしながらネイルサロンで働くことが困難と考え、縁あって事務職に移りました。約8年事務の仕事をしながらネイルサロンに行ってみたりしては、どうしてもネイルの世界にいつか戻りたいと思っていたのです。そしてある程度子育てが落ち着いたと同時に退職し、ネイルの世界へ戻りました。あまりのブランクがある中ダメ元で面接を受けてなんとかネイルサロンに雇ってもらえたのでまた一から学びなおしました。
その時に同僚に紹介して頂いたのが千葉浦安校の東條先生のネイルスクールです。
通常のコースを教えて頂いている時に先生が丁度福祉ネイルを始められていて、福祉ネイルの張り紙を見て自身の原点を思い返しました。
“母を支えるためにネイリストになる”と決めた事。どうしてもネイリストに戻りたかった理由…“私がしたネイルで人が喜ぶ顔がみたい”。
祖母は祖父が亡くなってから急に認知症が進行し、別人のように怒りっぽくなりました。常に苛立ち、私は若く理解してあげられなかった。
一度出て行って再会する事ができた父は数年たってから末期の肝臓がんで余命宣告を受け、身なりをいつも気にし、綺麗にしていた父も最後は苦しさで動けなくなり、介護の知識がない私は傍にいてお手伝いしてあげる事しかできませんでした。
最後のお別れの時、爪は浅黒く、きっと気になっただろうになぜあの時ネイリストなのにきれいにしてやれなかったのか。今も後悔しています。
昨年、まだ40歳になったばかりの友人が咽頭がんで亡くなりました。生前遠くに住んでる中、体が動くうちにと会いに来てくれたのに知識がなかった事で気をつかいすぎて爪の悩みだけでも聞いてあげる事ができなかった。その他にもそういった機会が多く今後どれだけ福祉ネイリストの存在が必要か、自身が一番強く感じたのです。それが福祉ネイリストのコースを受講しようと思った理由です。
実際学んでみて、まったく知らなかった介護の知識によってこれまでの経験でどうしたらよかったのか、その答えが見えてきました。祖母にも父にも友人にも、こうしてあげればよかったのかと。
先日行かせていただいた実地研修でネイルをしたご利用者様のとってもうれしそうな笑顔は私にとってかけがえのない喜びでした。
ご利用者様の手を触ると感じるその方の生きてきた年月。その人生に少しでも笑顔で関われたことが何より嬉しかったです。
福祉ネイリストになったらネイルと介護の知識を組み合わせ、介護サービスの定期訪問はもちろん、身体的精神的障がいのある方の爪の状態の管理や育児中のママさんたちの癒しネイル、そして亡くなった方にも敬意をこめて行うエンバーミングネイルなど、鞄一つでどんな形でも困っている方の元へ飛んでいき、福祉ネイルの活動を広めていきたいと考えています。
